「男なら東大を目指せ」

岐阜高校で毎年配布される「合格体験記」。

どんな参考書を使って勉強したか、そんなノウハウを後輩に伝えるための冊子。

高校3年生の春、パラパラとその冊子をめくって、目に止まったタイトルが「男なら東大を目指せ」。

成績がさほど悪くもなかった自分は、とにかく東京に行きたくて、親孝行のためできれば国公立の東京の大学、というと、一橋かな、でも早稲田慶応でもなんだかんだ行かせてくれるんだろうな、というくらいに自分の進路をぼんやり考えていた。

そんななかで目に飛び込んできた「男なら東大を目指せ」というフレーズ。

その時初めて、そういえば、目指した事もなかったな、と、素朴に思ったのだった。

6月にサッカー部を引退して、これまでいつも勉強する時間が足りないという気持ちさいなまれていたんだけど、ようやく心置き無く勉強できると。

それで、夏休みが終わった9月に、第一志望を東大に設定して勉強することに。

過去問を解いてみると、くしくも東京大学物語という漫画で水野遥が言っていた「東大の問題って面白い」と思ったのだった。そして、今はE判定だけど、なんとなく、受かる気がするなと。

部活を引退してから、63くらいだった偏差値もどんどん伸びて、12月には偏差値83。東大オープンという模試でA判定にもなった。

年が明け、センター試験が終わり、東京大学の受験番号が発行されると、自分の番号が777だった。

なんだかその時点で勝ったような気持ちになりつつ、2月、自由登校期間、登校するのがクラスで4人みたいな段階まで、自分は岐阜高校の先生を信じて、補習を受けていた。

そして2月末、2日間の受験。1日目最後の数学で、驚くことに、岐阜高校の補習期間に解いた問題と全く同じ問題が2問出題された。東大の数学は4問出題されて80点満点。合格者の平均点は20点台と聞いていた。その日自分は4問を完問。こんなことも起こり得るんだなという不思議な気持ちで、1日目を終えて井の頭線のホームに向かって歩いた。2日目も大崩れする事なく終了。

その後、高校の卒業式でみんなと顔を合わせた。どうだった?と聞かれるたびに、自分は「できた」と答えていた。

3月10日の合格発表。御茶ノ水駅で降りて、赤門まで15分くらい歩いて登っていく。なぜか寝坊してしまい、すでに不合格だった人はうなだれた表情で同じ道をくだってきていた。

キャンパスに入り、掲示の板が近づいてくる。人混みをかき分けて前に出る。そこに飛び込んできた「777」。あった。そして気づくと、アメフト部の人たちに胴上げされていた。

 

以上はただの備忘録。だから何?という出来事に過ぎなくて、価値観が整理されていた父は、息子が東大に合格したからといって、何のリアクションも無かった。

一つ、自分の人生の学びは、無理だと決めつけないで、目指して見る事の大切さ。自分なんか東大に合格するような器じゃないと高校3年生の春までは決めつけていたんだけど、その固定観念を外したことで、成長できた気がした。

だから、合格体験記で目に飛び込んできたタイトル「男なら東大を目指せ」には、とても感謝しているし、こうしてアウトプットする事が、誰かの何かになったらとも思って乱文を打ち込んでみたのだった。