たしかSXSW(サウスバイサウスウエスト)への参加で、アメリカ・オースティンに出張した時だったと思う。

タクシーに乗ると、運転手がバックミラー越しに自分を興味深そうに見ながら、「Are you a Journalist?」と話しかけてくれた。

国際カンファレンスをやっている期間なので、日本人のジャーナリストかな?と思われたのだろう。

テレビ局勤務で、一般的には報道機関で、プレスパスも登録しているのだが、なんとも笑ってしまうような小さなことを心の中で考えていて、「報道局は兼務で、コンテンツ事業局のデジタルビジネス部なんだけど、ジャーナリストって言っていいのかな」と。

その間、1秒以内で、結局「Yes」と答えていた。

その後、瞬時にYesと答えられなかった「間」は、何なのだろうと考えた。

ホウドウキョクの仕事を初めて1年くらいで、その頃はよく「報道」って何なんだろうな、と思いを馳せていた。

「ジャーナリズム」という単語は、誰が言い出した、発明した、という事はなく、「詠み人知らず」の言葉のようだ。
「ジャーナル」と「イズム」から構成されている。
ジャーナルとは、日々の出来事を記録していくこと。イズムは主義。
つまり、どういう主義で、日々の出来事を記録するか、という意味になる。
イズムはジャーナルする人、人それぞれであろう。

そう考えた時、デジタルニュース事業に携わり、オンラインニュースサイトを立ち上げて、そこでの「報道」のあり方について実践している自分、これもジャーナリズムだな、と納得した。
報道局が本籍ではないけど、オレはジャーナリストだ(笑)。

むしろ、何かニュースを見たり発信したりする時「そこに自分なりのイズムはあるんかい」ということが報道で大切な事ではと思うようになった。

イズムを持ってジャーナルする人は誰でもジャーナリストかと。