大学二年の夏休み。ありあまる時間を持て余して、父の実家の砺波に数日滞在していた。
ある晩、「おわら風の盆というのがやっていて、朝まで踊って風流なんだけど、一緒に観に行くか?」と誘われ、その時は朝まで親父と二人っきりは気まずいなと思い、なんとなく断ってしまう。父は「そうか」と答えただけ。
父が亡くなった後、そのくだりをぼんやりと思い出すことがあった。
今年は、祭りをテーマにした仕事があり、例年になく盆踊りなどの行事にアンテナを張って過ごす夏に。おわら風の盆も、何度も頭をよぎっていた。
8月半ば、とあるプロジェクトの打ち上げで「今年、風の盆いきますよ、結婚の挨拶で富山に行くんですが、義理のお父さんが胡弓を弾いていて、その関係で」と、たまたま隣に座ってたMさん。
何か背中を押された気がして、まだ夏休みをもらっていなかったので、急遽一人で行くことに決めたのだった。
(以下、軽い感じのレポート)
8月31日、富山駅に到着。
「おわら風の盆」は、毎年9月1日〜3日までの3日間、富山駅から電車で30分程度の「越中八尾(やつお)」で開催される。駅は風の盆一色に。
ひとまず、駅前のビジネスホテルにチェックイン。3日前くらいだったけど、かろうじて予約。
その後、一人で富山市街へ。地元の岐阜・柳ヶ瀬とかなり似た雰囲気。晩御飯をどうしようかなと思い、通りがかったステーキ屋さんに入ると、ちょうど日本代表のパブリックビューイングが始まるところだった。
しかも今日勝てばワールドカップ決定という一戦で、見事に2-0日本。ドーハの悲劇からはや20数年、北陸にふらっと旅してる合間にそんな瞬間に立ち会うとは、と感慨に耽りつつ、宿に戻って就寝。
9月1日。起床。宿で一人、浴衣を着る。出発前に上野の藤木屋というお店で購入したもの。生まれて初めて着るので大丈夫かなと思ってたけど、藤木屋さんに教えてもらったYouTube動画で帯の巻き方も一発OK。
富山駅から高山線で越中八尾へ。
午前11時半頃、到着。快晴。
越中八尾はそんなに広いエリアではないものの、歩くと50分程度かかる。ひとまず駅前でタクシーに乗り、最初の目的地、八尾曳山(ひきやま)展示館へ向かう。
越中八尾駅
街は祭りの開始を前にとても静かな佇まい。ふむダイドードリンコさんがスポンサードしている訳なんだと思いつつ、日本の通り百選の諏訪町を慣れない雪駄で少し歩く。
こちらが曳山展示館。八尾は養蚕で栄えた街で、意外と豊かだったそう。昔の人たちは余剰のお金をこの贅沢の粋を集めた移動式神輿のようなマシーン「曳山」に投じたようだった。
まずここへ来たのは「踊り方教室」参加の為。もっとも基本的な踊り方「豊年踊り」を1時間ほどのレクチャーでざっくりとマスター。
そして15時を過ぎると、いよいよ町中の至る所で「町流し」がはじまる。
音のする方へ足を運び、初めて目にするおわらの踊り。
この風流さが身にしみる年齢に差し掛かっているのかもしれないけど、一目で心奪われてしまった。
傘の下からチラッと見える顔、三味線、胡弓(バイオリンのような楽器)、生歌のアンサンブル、よく練習されたゆったりとした踊り、町を抜ける9月の風。
踊り手は25歳で卒業するらしく、中心になるのは地元の若い青年たち。
越中八尾のエリア一体がもともと持つ不思議な異世界感。おわら風の盆が演出する風情はとてもよく設計されている。
ところで、曳山記念館で展示されていた、おわら風の盆をモチーフにした小玉ユキさんのマンガ「月影ベイベ」
パラパラと読んでみると、ん、もしやこれは傑作では?という予感。
iPhoneのKindleにダウンロードして、空き時間に読み進めることに。リアルタイム聖地巡礼という贅沢なひと時。
おたや階段を上から見下ろした所。
17時〜19時の2時間は休憩時間と決まっていて、町流しはおやすみ。
牛肉丼で腹ごしらえをしつつ。
街を散策。
一番気に入った場所。石垣のある坂。川のせせらぎ。
日が落ち、ぼんぼりの灯りが灯る頃には、観光客の数もピークに。
7時からは、諏訪町の通りで腰を落ち着けてみてみようと、陣取って座ってみる。
しかし8時近くになっても、一向に踊り手さんは現れず、、
町流しは明確なスケジュールが公開される訳ではないので、じっと待ち続けることもある種の「おわらあるある」だと聞いていたけど、ちょっと甘かった。
そして9時頃には冒頭、仕事の打ち上げで隣の席だったMさんと合流し、町家の中まで招待してもらえることに。
ジャズのように即興で唄い手、踊り手、胡弓、三味線のセッション。
若い子からお年寄りまで、何世代にもわたって楽しむ芸能。
写真を撮り忘れてしまったけど、まるで六本木のスナックのママさん的な方が、民謡の意味だったりを、明るいマシンガントークでインプットしてくれた。
唄にはいくつかキーワードがあり、たとえば「瓢箪」が出てくると、いったんセッション終了の合図なんだとか。
昼に月影ベイベの聖地巡礼で見に行った「おたや階段」へ。
最も旬な人たちがここで踊るようで、緊張感もあり、男女ミックスの見応えある演舞。
そしてFinally、通りで「輪踊り」に遭遇し、昼に練習した「豊年踊り」をこれ見よがしにDancing。
25時頃おわらを後に。
翌日、帰りの新幹線で月影ベイベ全9巻を読了。
爽やかな感動に包まれながら、車窓を流れる景色を眺めつつ、
19歳で父に誘われてから20年越しに感じたおわらの風、
すこし冷たかった秋の風を思い出しながら、家路に向かうのだった。